彼らと見るたくさんの夢たち

NEWS、ジャニーズWEST、Jr.、たまにV6に愛を叫ぶジャニヲタのブログ。

新しい自担・正門くんとなにきんが私に与えた影響

前回の記事で担当が増えたことを取り急ぎメモ程度に書いたのだけど、正門くんが担当になったことでいろいろ感情の変化があったので、正門くんの担当になるまでのことを書こうと思う。長くなると思うし、なにきんの話が出てきます。もしあれな方は気を付けてください。なにきんの話は、なにきんの誰かがデビューしたら書こうと思ってたんだけど、私の身に起きた変化をちゃんと残しておきたくなった。

 

私が関西ジャニーズJr.をちゃんと見るようになったのは、西畑担になった2014年の11月。当時の日記によればその時にはもうしょうれんは関東でも活動するようになっていた(多分ドリボだよね)。それから私はまいジャニを毎週リアタイするようになった。当時の私がリアタイしていた番組は時間帯もあってまいジャニくらいだった。それくらいなにきんが大好きだった。なにわ皇子Kin Kanの解体に関しては、私が西畑さんの次に好きなのがとーまてぃんだったから、むしろ2人の関わりが増えるかも、とプラスに捉えてた。ここまで正門くんの名前一切無し(笑)。正門くんが登場するのは結構後ですもうしばらくお付き合いください!

で、私のまいジャニリアタイは2015年4月を境になくなった。柊真くんが退所したから。担当じゃなかったことと、彼を知ってあまり時間が経っていなかったこともあって他のなにきん担より早く立ち直れたんじゃないかな。でも、リアタイするほどの熱はなくなってしまった。5人+別の関ジュのまいジャニが受け入れられなかった。そして、夏にキンプリができた。私は世に言うなにきん信者だったので、しょうれんは好きだったけどキンプリや後にできるKINGのことは嫌いだった(キンプリの他4人のことも個人としては嫌いじゃなかった)。早く関西に戻ってきてほしかった。秋。多分ドリボの頃。しょうれんがまいジャニに出なくなった。私はまいジャニを見なくなった。録画はしてたから、編集してSHOW TIMEだけ残した。(あの頃の私グッジョブ!!)西畑さんのことは追ってたから、「あさが来た」も見たし、ドリステも見た。ただ西畑さんが関ジュとしてやっていた仕事は一切追いかけなかった(コンサートとか)。私は2015年のドリボの後からずっとなにきんを引きずり続けた。坂本くんが戻ってきたようにとーまてぃんに戻ってきてほしかったし、それが叶わなくても5人でデビューしてほしかった。私はなにきんがバラバラになったことが本当に悔しかった。だから3人のまいジャニを見れなかった。

 

ドリステを見た頃、私はある考えに行きついた。よく考えれば、今存在するデビュー組にも、既存のJr.グループの解散によって出来たグループがある。JUMPとかセクゾとか。そして私の担当するNEWSもそうだった。つまり、なにきんで例えれば、私はなにきんをまったく知らずにKINGの担当になったようなものだった。私はKING出のしょうれん担に対して、なにきんを知らずによくファンと名乗れるな、と思っていた。特大ブーメランだ。NEWSとなにきんの件は一概に一緒にするものではないかもしれないけど、その事に気づいたとき、私はなにきん信者をやめた。KINGに対する嫌悪感もなくなった。

それと同時に、私は自担以外を応援しないことを決めた。いくら自担と一緒に活動していても、デビューで離ればなれになるかもしれない。なにきんのような思いをしたくなかった。いくらなんでも極端な思想だな…。おかげで、未だに皇輝くんと同じ括りの子の名前と顔が一致しない。もちろん正門くんのこともちゃんと認識していなかった。

で、SHOW TIMEスペシャル7をきっかけにまたまいジャニを見るようになった。そこは西畑さんが関ジュのセンターに立つ世界線だった。私はその世界に魅了され、また関ジュをちゃんと追いかけるようになった。(デビューに一番近いのはセンター、という自論があったからセンターなのがほんとに嬉しかった。)in大阪も楽しかった。出演する関ジュ全員で踊ったドリキャでセンターを張る自担を見て泣いた。in大阪のドリキャを見て、これが今の関西ジャニーズJr.なんだな、と思った。やっと私は「今」を見られるようになった。

この時点で私は正門くんのことを認識していない。突然出てきた推され、赤名くんの括りの子、でしかなかった。

 

私が正門くんを認識したのはつい最近だと思う。西畑さんが雑誌か何かの近況でエイプリルフール忘れてた話をしていたあたり。ほんと最近だな。私はシンメ厨なので、元シンメと聞いてまさにしエピを漁った。正門さんの包容力に驚いた。しかも西畑さんとめちゃめちゃ仲がいいではないか。そして来たるまいジャニ男らしさ3。正門くんがいることに気づかず(おい)、西畑さんが正門くんのシチュを話した辺りで「噂のまさにしが拝めるじゃん…!!」。そして死に至る。そっからどハマり。担当になったのでした。(正門くんの)

そして、正門くんのことを調べるうちに、ある存在を知ることになりました。

Aぇ少年」。

正門くん、西畑さん、廉が一緒に活動していた時期。私が唯一直視できる関西の過去。

とーまてぃんが辞めてから正門くんの担当になるまで、私は関西の過去をほとんど受け入れられなかった。今でもダメ。まず、2014年以前。7,6人の7WESTが見れない。BOYSも避けてる。もっと前のB.B.V.も。ばどは大丈夫かな。でも昔の映像は避けてしまう。とーまてぃんが辞めた後は、2015年4月以前は基本すべてダメになった。いなくなった人を見れない。彼らがまだいる、ifの世界線を考えてしまって辛いから。雑誌もダメだった。

でも、正門くんに出会ったことで、少し関西の過去を見れるようになりました。なにきんの時期と正門くんが戻ってくる時期が微妙にずれているのであれだけど、2015年4月以前の雑誌も正門くん(Aぇ少年)のページなら見れるようになった。Aぇ少年には退所した子がいるし、解散してしまったけど、なぜか見れる。過去を過去として見れるようになったのかもしれない。もう5人で一緒に活動しない、ってわかってるからなのかなぁ。実は5人のまいジャニもあまり見たくなかったんだけど、正門くんのおかげで少しずつ見れるようになった。関西の過去に対する苦手意識みたいなのを変えてくれたのは正門くんです。ありがたい限りです。ただ、正門くんが関わってないとまだ直視できないので、克服にはもう少し時間がかかるかな。

Jr.担としてのスタンスや考え方はなにきんによって作られたし、関ジュの過去に対するトラウマ意識は正門くんによって改善されつつある。なにきんの私に与えた影響は大きかったし、正門くんのおかげで前を向きつつも後ろを振り返れるようになった。7人は私のかけがえのない存在(もちろん他の担当さんもだけど)だ。

 

長くなってしまったけれど、これが、私の関西ジャニーズJr.にまつわる今までのお話。